2012年12月13日

北鎌倉/逗子散策 後編

(間に冬コミ原稿と締め切りなどを挟んで、えらく間が空いてしまいました……! 前回の北鎌倉散策の続き、今回は逗子編です)

さて、北鎌倉を出発したのはまだ8時前。乗り込んだ下りの電車はホームに着くときには学生さんでいっぱいだったのですが、北鎌倉でほとんどの学生さんが降り、さらに隣の鎌倉で残りの学生さんも降りていって、鎌倉を発った時にはがらんがらん。
ちなみに僕が乗った電車はセーラー服の娘さんではなく、学ランの男子学生さん率が高かったです。北鎌倉にこの時間に着く電車、女学生さん率が異様に高い列車と男子学生さん率が異様に高い列車があって、どこで乗り分けが行われているのか微妙に謎。

逗子は鎌倉からはひと駅なのですが、ここから先に行くのはほんとうに十数年ぶり。ちょっと降りるだけなのではなく街中を歩くなんていうのは、叔母に連れてこられた小学生のとき以来です。

その小学生のときには、どうして逗子までやってきたのか実はまるで憶えていないし、どういうルートを通ってどこを目的地にしていたのかも今となっては忘却の彼方なのですが――
ひとつだけ、今でも憶えている光景がありまして。
夕方に、海がすぐ近くのところにある真っ赤な橋の上から、魚の泳ぐ川面を眺めている小学生の自分。
というのが、その数十秒くらいの間だけくっきりと記憶に残っているのです。
なんだろう。自分の場合ある程度以上子供のころの記憶って、不連続で、ある場面だけスナップ写真のように残っているものが多かったりするのですよね。それも、別に劇的な事件が起こったシーンではなく、どこともわからない道を歩いている場面とか、空き地で友人と霜柱を踏んでる場面とか。
その中で、上に書いた逗子の赤い橋は、比較的いまでも場所が特定できるもののひとつで……前々からちょっと、気になっていたのです。
なので、この日鎌倉に来たついでにふらっとやってきた逗子散策の目的は、「あの赤い橋を見つけに行く」でした。

1.JPG
逗子駅着。
地図を見てみると、逗子の駅から比較的近い場所で川が海に流れ込んでいるのは、一か所しかありませんでした。
でもって、ちょうどいいことにその川は駅前を流れている川とつながっているっぽい。ちょっと蛇行してはいるけれど、候補地の河口には迷うことなくたどりつけそうで。

時刻は8時半を回ったところ。通学時間も終わって、駅前をちょっと離れるとあまり人の姿を見かけなくて――鎌倉とはまた少し雰囲気は違う、閑静な住宅街といった印象の町でした。

そんな中を、川沿いにすこし歩いて行くと。

あ!
2.JPG
ありました。赤い橋です。

ああ、たしかに造りとしては、こんな感じの橋だったような記憶がある。記憶の中の橋よりも真新しい感じではありますが、最近になって塗りなおされたのかもしれないですし。
これは、ずいぶんあっけなくだけれど、目的地に到着か……?

と思ったのですが、橋の上に立って川面を見下ろしてみると、ちょっとばかり違和感はありました。
川幅はもうすこし広かったような気もいたしますし、なによりもここはまだ海も近くない。下流を眺めてみても、遠くに丘陵の緑が目に入るといった塩梅です。
なので、デザインは自分の中の「あの赤い橋」にちょっと重なるけれど、これはちょっと違うのではないか……

とりあえず、まだ河口まではちょいと距離がありそうなので、歩いてみることにしました。
目的の橋ではなかったっぽいのは残念なことのはずなのですが、実のところほんのちょっとほっとしてもみたり。
何十年ぶりかに再会する記憶の風景が、駅おりて5分で見つかっちゃうというのもなんだかあっけなさすぎますものね。

そんなわけで、川に沿って住宅街をてくてく。
ひとさまの家々が写っているのであまり写真をアップできないのがなんなのですが、通勤通学時間の過ぎた午前中の逗子の町は、ただただのんびりと静か。
印象としては、昭和50年代くらいの――といっても、町工場や商店街のある下町の雰囲気とはまた違う、(でもって、集合住宅の連なる郊外というものとちょっと異なる)住宅地の雰囲気が残る土地といった感じのものを抱きました。
懐古ブームで注目されるような特色ある懐かしさの色ではなく、けれども昭和50年代〜昭和の終わりにごく普通の町で少年期を過ごした自分にとってどこか懐かしい感じの。

そんな事を思いながら歩いているうちに、地図の上でだんだんと海も近付き――

あれ?
3.JPG
またもや赤い橋が目の前に現われました。
先ほどの駅近くの橋と、同じデザイン。
4.JPG
ぱっとひと目見た瞬間は、「あ! これこそあの橋だ!」という印象はなかったです。
記憶の中では、もうちょっと周りに樹が生えていて枝が川面にせり出しているような気がしましたし――流れも、もうちょっと急だった気がする。

ただ。
橋からすこし下流に目を向けると、そこにはたしかに河口と海が。
うむむ。
記憶の中の赤い橋はたしかに、ちょっと歩くともう海、というところにありました。
ここから先にかかっている橋は海岸道路が河口の上を通る1基だけで、見るとその橋は赤くはなく、車道が中心になってて明らかに記憶の中の橋とは違っている。
となるとやはり、子供のころに見た「あの赤い橋」はこれなのか……むむむ。
ちょっとまだ違和感はあったのですが、まあ、子供の頃の記憶というのはいつのまにか誇張されていたり混同されたり他の記憶の風景とまぜこぜになってしまったりするものなので、おそらくはこの橋なのだろうなあ……

ひとまず、せっかくだから100メートル、海までを歩いてみることにいたしました。
通り沿いにレッド○ブスターの店舗があるのをみながら(そういえば、海際だからシーフードレストランというのはわかるのですけれど、このお店って近くの海でとれた魚を使えるものなのでしょうか……)、目の前には海岸道路を渡る信号。
最初はその信号を渡ろうと思ったのですが、ちょっと視線を巡らせてみると、その脇に下りの坂道と、ちいさなトンネルが見えました。
5.JPG
こういうへんてこな道大好きなので、さっそく通ってみると、

6.JPG
トンネルをくぐったところ――

7.JPG
目の前にあるのは、海。
河口なので護岸がされていて、砂浜とかがあるわけでもなく、釣り場のようなところに続く道があるわけでもありません。
階段の周り1.5メートルくらいのコンクリートの陸地があるばかり。
(あ、ちなみに写真の中央奥辺りに小さく見える島影は、おそらく方向的に江の島です)

8.JPG
振り返ってみると、いまきたトンネルのほかにここから戻る道は、信号の脇に上る階段のみ。
となると、別にこのトンネルを通らなくっても最初から信号を渡ればいいだけのことであって――
うむむ、謎です。
船(ヨット)着き場にしてはちょっと、形が変で乗り移りにくい気がするしなあ。

とりあえず、近所に住んでいる女子中学生さんたちが家からスク水のままやってきてコンクリートのトンネルくぐってここから海に飛び込んで戯れる図とか頭に思い描きつつ、謎は謎のままこの場を立ち去ることにいたしました。

この日はお昼くらいまでに地元に戻りたかったので、散策はまた後日にでも訪れた時として、あとは駅まで帰るのみ。
この日はまだ11月ではあった(コミティアの翌日)のですが、それはもうとてつもなく風が冷たく――歩いても時間的にどのみち違うルートを散策はできないこともあって、バスを使うことにいたしました。

ちょうどさっきの橋の手前にバス停があるようなので、行ってみると――
9.JPG
あ!
と、僕は思わず目をみはったものでした。
この光景! バス停の向こうにこの角度で赤い橋が見えるというショットは、確かに記憶に残っていました。あのときは夕方で、空は赤かったけど、でもたしかに。
さっき最初に見たときはピンとこなかったのだけれど、やっぱりこの橋だったんだ……!
歩いて帰っていたら見逃してしまっていたかもしれないので、寒くてバスを使おうと思ったのは幸運だったような気がしますです。
ちなみに、かの橋は「富士見橋」という名前のようでした。

そんなこんなで、久方ぶりの逗子行きは満足しつつ終了。

ルートはこんな感じでした。(クリックすると、ライン入りの地図が表示されます)
今回は駅からの一本道でしたので、今度はもうちょっと町のあちこちをめぐりつつ海まで歩いてみたいなあ。
posted by つむぎゆう at 00:00| Comment(1) | 散歩記録
この記事へのコメント
こちらでは初めましてです。
前の方の記事ではイラスト紹介してもらいありがとうです!

記憶を辿る散策とか良いですね。そんな豊かな感性が情景の浮かぶ作品達を創り出すんだろうなと納得です。特に「女子中学生さんたちが家からスク水のままやってきてコンクリートのトンネルくぐってここから海に飛び込んで戯れる図」には萌えましたw(そっち?

Posted by ぐり太 at 2012年12月14日 19:09
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